書くことは、呼吸をすること。
ー碧月はるーHaru Aotsuki
HSC(ひといちばい敏感な子)の子育て

鬼軍曹の君に鍛えられたのは、忍耐力と逞しい二の腕~育児エッセイ

私には二人の息子がいる。二人は全く違うところもあるが、共通点もたくさんある。そのうちの一つが『寝ない』こと。
今日は、そんな『寝ない子』代表の長男の乳児期のお話を一つ。

生まれた晩からはじまった盛大な夜泣き

「オギャア」と産まれたその日から、彼はよく泣いた。お腹が空いたと泣き、オムツが濡れたと泣き、寒いと泣き。一番の特徴は泣き続ける体力とその頻度。

「泣き疲れたら眠るから神経質にならなくていいわよ」

助産師さんにそう言われるたび、「ちょっと待ってくださいよ」と言いたくなるのを懸命に堪えた。

泣いている時間が15~20分なら、「気にしない」でいられたかもしれない。しかし、長いときには平気で1時間近く泣き続けるのだ。それに対して『神経質にならずにいられる母親』がいるのなら、ぜひお会いしてみたい。私はその人を仏と呼ぶだろう。生憎私は、そんな海のような広い心は持ち合わせていなかった。

長男は泣き続ける体力を持った赤ん坊だった

あまりにも泣くので心配になり、市の保健師さんにも何度か相談した。身体の具合いが悪くて泣いているのでは……と思ったのだ。しかし何処にも異常は見られず、至って健康体である。最終的に保健師さんに言われたのは、何ともざっくりとした、でも後に事実と判明したこの一言だった。

「きっとこの子、すごく体力があるのよ!」

そのときの私は、おそらく能面みたいな顔になっていた。毎日毎日、朝も夜も1時間ごとに泣かれて、乳を吸わせて抱いて揺らして、泣きやんだと思って布団に下ろせばすぐさま「ギャース!!」。
この毎日の過酷さが「体力のある子ね!」の一言で片付けられたんだから、正直たまったものではない。

この頃、連日の睡眠不足で気持ちが不安定になっていた。常にイライラしていたし、とにかく疲れていた。そんな自分に危機感を覚えた私は、どうにかこの過酷な日々を面白くしようと考えた。

長男に名付けたあだ名。その名も『鬼軍曹』

あれこれ悩んで生み出した秘策が、泣いている長男を『鬼軍曹』と呼ぶこと。もう一つ、夜泣きの間は彼を抱きながら、好きな映画を好きなだけ観ることを自分に許した。

立ったままゆらゆら揺れながら抱っこして、泣きやんだからと座った途端、何故か再び泣き出す。

「ギャース!!(座って楽してんじゃねぇ!!立て!)」

ほらね。鬼軍曹でしょ?

これはわりと赤ちゃんあるあるで、何故か座ると泣き出す子が一定数いるらしい。”立った状態で全身を使ってゆらゆらしている感じが胎内にいるときの揺れに近くて安心するのだ”と、何かで読んだことがある。赤ん坊時代の記憶があるわけではないので、実際のところは私には知る由もないが。

とにかく立て!
揺れていろ!
乳を定期的に差し出せ!!

そんな鬼軍曹は、見た目ふわふわだし小さいし良い匂いがするし、たまににっこりと笑う。狡い。たらふく乳を飲んだ後などは、「くるしゅうない」みたいな顔でゲップをする。小さなオッサンである。かわいいんだ、これが。狡い。そんなの服従せざるを得ないではないか。

TSUTAYAに足繁く通い、この時期は相当な数の映画を見た。特にハマったのが『ロードオブザリング』。あの重厚な長い長い物語を、たしか二晩で見終わった。いかに長い時間、私が小さな鬼軍曹を抱いてゆらゆらしていたか、これだけでもお分かりいただけると思う。

本や携帯では手が塞がる。映画ならセットさえすれば両手フリーでいつでもお世話ができる。映画というコンテンツは、夜泣き子を抱える母にとって本当にありがたい存在だった。

我が子はかわいい。それでも、24時間向き合い続けるのは心がすり減るのもまた事実。

カルチャーは育児ノイローゼを緩和するのに一役も二役も買ってくれる。あの当時、暗闇の中でただひたすらにじっと息子と向き合い続けていたら、私はきっと壊れていた。

大変だったからこそ、今がある。

鬼軍曹は田んぼにダイブをしながら大きくなり、父親に説教することを覚え、今は心やさしい少年に成長した。当時のことをたまに長男に話すと、「えー、それ大変じゃん!」と他人事のように笑う。

大変だったよ、本当に。でもだから、今があるんだよね。

「ウンギャアー!!!」と泣いていた君の体力は、本当に底なしだった。そのおかげで今、部活のコーチに「体力と瞬発力と根性がピカイチ!」と褒められている。

元気に産まれてくれてありがとう。
お母さんを強くしてくれて、ありがとう。

鬼軍曹だった君の未来が、どうか明るいものでありますように。

こちらの小説は、noteに公開している作品をリライトしたものになります。noteで週に3~5本程度、エッセイ、小説を執筆しています。よろしければそちらも合わせて読んでいただけたら、とても嬉しいです。

ABOUT ME
碧月はる
エッセイスト/ライター。PHPスペシャルにエッセイを寄稿。『DRESS』『BadCats Weekly』等連載多数。その他メディア、noteにてコラム、インタビュー記事、小説を執筆。書くことは呼吸をすること。海と珈琲と二人の息子を愛しています。