書くことは、呼吸をすること。
ー碧月はるーHaru Aotsuki
海のことば、空のいろ

【新しい記憶の欠片~降り積もる音の連なり】

「滝を見に行きたい」
そう言い出したのは、私だった。相方は、すんなりとそれに乗ってくれた。
「いいね、行こう」
彼は私の「やりたい」を制限しない。もちろん、突拍子もないことを言い出したら止めるのだろうが、私はそもそも臆病な性格なので、突拍子もないことを言い出すのは、どちらかというと彼のほうである。

これまでの人生で、滝を見た経験はあまり多くない。昨年の春に、一度だけ。だから、今回が二度目となる。
滝の水音は、川のせせらぎよりも強く、海の波音よりもけたたましい。滝壺に落ちる滴は勢いよく跳ね返り、遠く離れた岩場をも濡らす。清流の中を、鮎が泳ぐ。暮れゆく空を、蛍が飛び交う。石についた苔を食む鮎も、短い命を燃やすように灯火を揺らす蛍も、美しい水質の川でしか生きられない。鮎と蛍が住む川の上流にある滝は、まるで命の源のようだ。

滝壺に流れ落ちる水流。滝の両脇には、新緑のもみじが茂っていた。

「滝を見たい」と言ったのは、彼も私も疲れていることに気づいたからだった。些細な諍いやすれ違いが続いており、そこに私の不調が重なった。どんなに互いを大事に思っていても、怒りや悲しみの感情は、受け止める側も発する側も、膨大なエネルギーが要る。
楽しい、嬉しい、しあわせ。それだけで生活が成り立つのなら、誰も悩まない。でも、どうしたってそうはいかないものだ。私も彼も生身の人間で、それぞれ違う感性を持っていて、尚且つ生活の基盤を築いている最中である。幼馴染で昔から知っているとはいえ、離れている期間も相当に長かった。だから日々手探りで、互いのこれまでを知り、互いのこれからを考えている。

ABOUT ME
碧月はる
エッセイスト/ライター。PHPスペシャルにエッセイを寄稿。『DRESS』『BadCats Weekly』等連載多数。その他メディア、noteにてコラム、インタビュー記事、小説を執筆。書くことは呼吸をすること。海と珈琲と二人の息子を愛しています。