先日、久方ぶりに美容院に行った。今月と来月は人に会う予定が入っているため、増えはじめていた白髪をどうにかしたかったのだ。この土地に引っ越して2度目の美容院。“行きつけ”と言うにはいささか大袈裟だが、前回と同じ店、同じスタイリストさんを指名した。柔らかな雰囲気の女性で、こちらが望まない限り必要以上に話しかけてこないところに安心感を覚えていた。
「地元の方ですか?」
「違うんですね、じゃあ、こちらにはお仕事か何かで?」
「ご家族は?お子さんは?」
「お生まれはどちらですか?お正月は帰られるんですか?」
ごく当たり前のものであろうこれらの質問が、私にとっては心底煩わしい。
「地元ではありません。まだ引っ越して1年未満です」
「家族に裏切られ、騙され、大切なものを失い、逃げてきたのがこの土地だった――ただそれだけです」
「子どもは二人います。親権は相手方に取られたので、離れ離れで暮らしています」
「生まれは東北です。正月も盆も、何なら生涯にわたり、帰る予定はありません」
嘘をつかないなら、こういう回答になる。でも、そう答えたが最後、場の空気は一瞬で凍り付く。昔からこうだ。“本当のこと”なんて、実生活ではほとんど言えない。だから、嘘にもならず、事実からさほど遠くない部分で答えられることだけを答える。そのたびに、心のなかで小さなため息を漏らしている。今回指名に至った二度目の担当さんは、表に出さない私のため息を読みとってくれる人だった。
「こちらには、お仕事で?」
「いえ、ちょっと、家庭の都合とか、色々です」
私が言った“色々”の音色を正確に読み取ってくれて、以降、彼女は家庭に踏み込む話題を一切振ってこなかった。数年に一度、こういう人に出会う。尚且つ、美容師としての腕もたしかな人だった。リピートしない理由が、私にはなかった。
*