書くことは、呼吸をすること。
ー碧月はるーHaru Aotsuki
海のことば、空のいろ

【幸福な余韻】

決断を下すまでの過程が何よりも苦しい、と思う。決断が大きければ大きいほどに、決めきれずにいる間中そのことに囚われ続け、心が疲弊していく。さざなみが立った心は普段より荒々しく、まるでPMS期のように神経が過敏になる。それでも、生活は続いていく。仕事の締め切りは待ってくれないし、家事をしなければ部屋は荒れるし、食事をとらなければ身体は衰える。平気じゃないのに平気なふりをして、「何でもないですよ」みたいな顔をして、zoomで打ち合わせをする。そういう自分を「よくがんばっている」と思う一方、「さっさと決めてしゃんとしろ」とも思う。決めてさえしまえば、あとは動くだけ。たったそれだけのことなのに、“それだけ”に人の何倍も時間がかかってしまう。優柔不断なのは生まれつきだ。そんな自分があまりすきではないし、決断に至るまでに時間をかけ過ぎることで何度も痛手を負ってきた。いい加減、変わりたい――そう願いながら、気がつけば40歳になっていた。

先日、奇妙な夢を見た。一度そのことをnoteに書いたが、下書きに戻してしまった。その夢の内容は、以下のものである。

私は、真っ白な布団に横たわっていた。すると突然、口のなかに違和感を覚えた。指を差し込み取り出した異物を見て、愕然とした。それは、紛れもなく私の奥歯だった。ひと連なりの歪な奥歯。模型のようなそれは、薄汚れてネバついていた。「どうして……」と呟きながら、私は慌てて歯を磨いた。すると、軽く歯ブラシを当てただけなのに、ボロボロと他の歯も抜け落ちた。自分の歯で口のなかがいっぱいになり、喉の奥にそのひと欠片が詰まった。苦しい。息ができない――そう思って胸をかきむしった瞬間、目が覚めた。

痛みは一切感じず、起きた事象の大きさに比べ、恐怖心の薄い夢だった。ただ、どことなく薄気味悪い心地がした。起床後、妙な胸のざわつきを覚え、「夢占い 歯が抜ける」で検索をした。そこに記された内容を読み、思わず息を呑んだ。

夢占いの結果は、夢を見た時の感情によっても意味が異なってきます。

・嬉しい:夢を見た人が心配事やトラブルの種に悩まされていて、早く解放されたいと願っていることを意味しています。
・ショック、悲しい:夢を見た人が何の心配事もなく、心の平穏が保たれていることを意味しています。
・気持ち悪い:夢を見た人が心の奥底に心配事を抱えつつ、自分で気づかないふりをしていることを意味しています。

夢を通して私が抱いた感情は、「気持ち悪い」だった。そして、その先に続く一文には、心当たりしかなかった。「自分で気づかないふりをしている」の一文が、魚の小骨のように喉に刺さったまま、抜けない。

違和感を飲み込み続け、手痛い失敗を重ねてきた経験は数えきれない。もっと早く決断していれば。そう思って歯ぎしりをした最たるものが、元夫との離婚だった。何かを決断する際、つい全方位から物事を考えてしまう。子どもの気持ち、元夫の気持ち、周囲の反応、親の反応……一番最後に「自分の気持ち」を持ってきては、「まだ我慢できる」と思っていた。タイムマシンがあるのなら、あの頃に自分に張り手の一発も食らわせてやりたい。もっとも大事にすべきものを後回しにして、そのほかのことに重きを置いていた。「子どもの気持ち」は大事にすべきだったろう。でもそれだって、母親である私の心身の健康が土台にあってこその話だった。

ABOUT ME
碧月はる
エッセイスト/ライター。PHPスペシャルにエッセイを寄稿。『DRESS』『BadCats Weekly』等連載多数。その他メディア、noteにてコラム、インタビュー記事、小説を執筆。書くことは呼吸をすること。海と珈琲と二人の息子を愛しています。