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必ず、『大丈夫』になる日が来るから
私の一部になった本たち

「TUGUMI」吉本ばなな~私の一部になった本たち

「TUGUMI(つぐみ)」吉本ばななさん著作。
冒頭出だしからぎゅっと心を掴まれます。

確かにつぐみは、いやな女の子だった。

この一文から始まる物語は、静かな海辺の街が舞台です。「山本家」という旅館で暮らす人々が織りなす、穏やかで優しい日常を柔らかな文体で描かれています。
主な登場人物は4人。冒頭で「いやな女の子」と評されている”つぐみ”。その姉の”陽子”。つぐみたちの従妹にあたる”まりあ”。そしてある夏に出会った”恭一”という男の子。それぞれ個性的なこの登場人物たちを、読み進めるごとに好きになっていきます。

つぐみは医師に短命宣告をされ、家族も何度も覚悟をしたほどに身体の弱い女の子でした。非常に極端な性格で、言葉遣いは悪く、人が嫌がることを平然とやってのけ、理不尽な物言いや態度で周りを振り回します。そんな彼女の姿と命の灯火の儚さがあまりにもアンバランスで、しかしそれを敢えて淡々と描いているところがとても好きです。

つぐみはいつも体のどこかを悪くしながら生きてきたが、自分のどこがどう苦しいのかを冗談でも滅多に言わない。黙ってやつあたりするか、憎まれ口をたたいてその場を去ってひとり寝込む。そして、つぐみはあきらめない。

そんなつぐみの態度を、潔くもいらだたしくも感じながら傍で見守るまりあ。この物語は全編を通してまりあの視点から描かれています。

とたんに涙が1滴、本の頁に落ちる。いつのまにかあふれて落ちる。
はっとした耳に、雨がしとしとと軒を濡らす音が聞こえ、私は”いったい何だったんだろう今のは”という気分で涙をぬぐう。そしてすぐにすっかり忘れて本の続きを読みはじめる。

「もしつぐみがこのまま悪くなって死んでしまったら」
読書をしながら過ごす雨の日。ふいに迫ってきた身の内にある思いが、まりあから溢れだす場面です。

”いつのまにかあふれて落ちる。”
そういう感情を、きっと誰しもが抱えながら生きています。それはこのように切ないものかもしれないし、どうしようもないほどの愛おしさかもしれません。もしくはその両方かもしれません。場合によっては怒りや悲しみの感情だったりもするでしょう。そしてそれはどういうわけか、雨の日にふいに目の前に迫ってくることが多いような気がします。雨の日の静けさ。外で遊ぶ子どもたちの声も、立ち話をする大人たちの賑やかな笑い声も、何も聞こえない。そんななかでただ、ぽつりぽつりと落ちる滴の音。ときに大きくザアザアと滝のように流れる音。その雨音だけが世界のなかにあるたった一つの音であるかのように感じるとき、日頃胸のなかにありながらも表に出てくることを無意識に抑えている感情たちが溢れやすくなるのだろうと思います。

悲しいほどにきれいなひと夏のなかで、つぐみたち4人は大切なものを失いました。それはあまりにも大きな悲しみで、痛みで、ぽっかりと穴が空いたような心持ちになる出来事でした。このときのつぐみの行動は、まりあや陽子の想像を遥かに超えるものでした。
大切なものを失ったとき、人は大きく2種類の反応に分かれる気がします。ひたすら悲しみにくれる人。大切なものを奪った相手に対する怒りに駆られる人。つぐみは、分かりやすいほどに後者でした。

私には、その行動に出たつぐみの気持ちが分かる気がしました。正しいかどうかの議論をするつもりはありません。ただ、彼女の行動を知ったときの感情のなかに、嫌悪の色は一切ありませんでした。

「あんなことをしてはいけないよ」
陽子ちゃんは言い、その汚い手で顔をぬぐった。止まらないひっく、ひっくという音に途切れながら、一生懸命こう告げた。
「それじゃあ、生きてゆけないよ」

姉である陽子ちゃんの短い言葉のなかに込められた想い。それは、すりきれそうなほどに必死の願いでもあったと思います。

「それじゃあ、生きてゆけないよ」

みんな、つぐみに生きてほしいと願っていました。どんなに体が弱くとも、身の内できらきら光る強い意志でどうにかその命を繋いでくれることを祈っていました。しかし当の本人であるつぐみは、自身の身体を平気で投げ打つようなところがありました。

彼女は子供の頃から全く変わらずに、ひとりきりの思考の中で生きていたのだ。

まりあがしみじみとそう感じたように、つぐみはそういう女の子でした。冒頭で「いやな女の子」と言われた通り、あまりにも突拍子のないことを繰り返すつぐみ。でもそこにはいつも確かな意志があって、彼女の世界ではそれは完結した揺るぎないものでした。そこに振り回されながらも、みんなが彼女のことを愛していました。その愛は、まるで海のようでした。深く、水のように静かに染み込んでいくもの。大袈裟なものではなく、でも変わらずにそこにあるもの。
誰かの心のなかに、ずっと居場所がある。常に真ん中ではなくとも、端っこのほうだったとしても、そこは定位置として必ず確保されている。つぐみは、そんな命を生きていました。

ここのところ、ずいぶんおまえに手紙を書いた。書いては破き、また書き始めていた。どうしておまえなんだろう?しかしなぜか私の周りでおまえだけが、私の言葉を正確に判断し、理解することができるように思えてなりません。

病床のつぐみが、まりあに宛てた手紙の一部です。この一節を読んだとき、言いようのない気持ちに駆られました。
言葉というのは、ときにとても不自由です。その不自由で不確かな言葉の奥にあるものを汲み取って理解してくれる人は、そう多くはないように思います。
つぐみがどんな思いでこの手紙を書いたのか。どんな思いでまりあがこれを読んだのか。全てを理解することはできません。それでも、この乱暴な口調で書かれたうつくしい手紙は、いつまでも色褪せることなく私のなかに残り続けています。

作品に直接触れてほしいとの思いから、抽象的な内容となってしまいました。吉本ばななさん特有のうつくしい表現。色鮮やかな風景描写。丁寧な心理描写。魅力的な登場人物に心を重ね合わせながら、素敵な読書時間を楽しんでみてはいかがでしょうか。

最後に、私の読書のお供であるブックカバー、しおりの紹介をさせてください。
こちらの作品は心象風景というお店の作品になります。ハンドメイド作品やデザイン制作、創作小説などを手掛けるマルチクリエイターKoji(こじ)さんの作品です。

Kojiさんとは、noteの活動のなかで出会いました。色鮮やかなイラストと鮮烈な文章に惹かれ、そこからリアルの交流へと繋がっていきました。

こちらの画像にあるブックカバーの作品名は、「祈り」。
しおりは「夜道セット」のうちの一つです。
様々なデザインがありますので、ぜひ一度ホームページやショップを覗いてみてはいかがでしょうか。

穏やかな読書時間にそっと寄り添ってくれるこの子たちは、私にとって大切なお守りの一つです。

noteTwitterで日々のこと、思考、過去の原体験から伝えられるものを綴っています。エッセイは育児がメインです。そちらも合わせて読んで頂けたら、とても嬉しいです。

ABOUT ME
はる
書くことは呼吸をすること。 虐待サバイバー。自身の経験を元に子育ての悩みや虐待抑止に繋がる発信をしています。一人でも多くの子ども、親御さんの笑顔が増えますように。 noteではエッセイ、小説を執筆中。小説は原体験が軸。